いまのまま

成功より、今日楽しいかどうか。

茅ヶ崎で仕事していた頃。逃げるが勝ち。

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相変わらずだった。ミニマルスタイル笑

相変わらずも茅ヶ崎に引っ越してきて、ミニマルスタイルに傾倒しながらも

新生活に慣れていっていた。

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あの頃の渚のステージ

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当時趣味で作っていたグラフィック

引っ越してきて一ヶ月ぐらいは、iPadでコラージュ画像を作りながら

浜辺で音楽を聴いたりダラダラ過ごしていた。

そして、「そろそろ働かないとお金やばいな」となり求人ネットサーフィンが

始まった。

地獄の住み込み生活で稼いだお金が、いよいよなくなりそうだった。

 

仕事すぐ決まったけど、、

 

湘南って、茅ヶ崎って仕事あるんかな??

とかなり大事なことを引っ越してきてから考え始めた。

 

前職は東京で学童保育をしていてとても楽しかったので、また子供系の

仕事ないかなぁと探し始めた。

 

すると湘南のある場所の保育系の仕事があり

面接に行きその場で採用された。

自転車でも行けない事ないぐらいの、ちょっと遠い場所だった。

 

仕事が始まり、そこのリーダーもすごく優しくて

子供達や保護者の方達も激烈に優しくとても楽しかった。

 

けど、、、

共に働くベテランパートの女性と全く合わなかった。

初対面の段階で「私とは仲良くできないかな。」的な事を言われて、

「あ、やばいかも。」と思った。冗談やったんかな??

 

休日にもよぎるベテランパートのフェイス

 

 

会話から考え方から全く合わなかった。

そのベタランパートさんが冗談っぽく言った事で笑ったら、

冗談じゃなかったり、、笑

人の名前を書く順番で怒られたり、細かさを強要するなよ、と思ってしまい

まぁまぁ面倒臭いと思ってしまう感じだった。

多分自分は素直に顔に出るタイプなので、

嫌悪感がだいぶ伝わっていたと思う。

 

その人がなぜ苦手かと言うと、

伝わらないと思うけど、

“余ったスーパーの袋を、極限まで小さく折り畳み保管する“事を他人にも

強要してくる系だ。その自分のこだわりを人に押し付ける感と、

昭和のしきたりを時たまチラつかせてくる感じが、

自分にとっては絶妙にダメだった。

 

やめるのに決定的だった事。

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ヤスタカさーん

休日に金沢まで中田ヤスタカさんのイベントに遊びに行った。

半年ぐらい前からチケットを買い楽しみにしていた。

ものすごく楽しいイベントだ。

「え、ヤスタカさんとPerfumeが!!?見れる!?」的な。

 

だけど、、

 

楽しいライブ中にあのベテランパートの顔が脳裏によぎり始めた。

最悪や。。

めっちゃ嫌やん。笑

何でこんな楽しい時に思い出さなあかんねん。

ちなみにそのベテランパートと、同類のしんどい人が実はもう1人いた。

何で似た人もう1人配属されてんねん笑

そんな天丼いらんねん。

ライブ中も、交互にベテランパートおばさんが脳裏によぎる。

ベテランおばさんのポリループ。

きっつーーー!笑

時には同時に脳裏によぎる。

せめて1人ずつやろ笑

曲に合わせて出てくんなよ笑

チケット代返せーー笑

Perfume見たいねん!

絶対辞めたんねん!笑

 

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辞めたんねん

そして年末までは我慢して、

帰省した大阪でリーダーの方に連絡して次の月末で辞めさせていただく事になった。

嬉しい反面、Wベテランおばさん以外は、めちゃくちゃいい人だったので、寂しかった。

子供達と離れるのも嫌だったけど、ストレスには勝てなかった。

ちなみにそのおばさんは、歴代の若者と大体ソリが合わなかったという事を

後からリーダーに教えてもらった。

やっぱりなと思った。

 

ハッピーライフが戻ってきた。

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人生これから笑

 

辞めてから、別の保育関係の仕事に新しく着いた。

めちゃめちゃ楽しかった。

茅ヶ崎生活がやっと始まったと感じた。

やっぱり、ストレスを感じる環境にいるのは良くないし、

休日まで楽しくなくなる。

そして日本人は大体真面目だから、「自分にも悪いところが、、」とか考えたり

「今やめたら迷惑かな」とか「これぐらい我慢できないと社会でやって行けない」とか

考えてしまうけど、ボクも考えちゃう。

やめたら自分に合う環境があるし、やめても本当にどうにでもなる。

職業訓練に行きながら生活費をもらえる場合があったり、

失業保険もある。(もらったことある。)

誰も悪くない。人と人が合わないだけ。

ボクは仕事でストレスを抱えるのは嫌だから、嫌になったら、

どんな事があってもやめようとこの時強く思った。

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新しい職場の出勤前。

さて、新しい場所に変わってから、

慣れるまでは色々あったけどすごく楽しかった。

 

2年間濃い時間を過ごさせていただいた。

仕事で辛すぎる事もあったけど、人生経験豊富な人が周りにたくさんいて

学ぶ事がとても多かった。料理とかも。

新しい職場の子供達もすごく好きになった。

自分的にはこの保育関係の仕事はやり切ったと思えるぐらい

考えて働いたような気がして、

3・31に切りよく退職した。

すごく有意義な時間でこれが“仕事“かと東京での学童以来思った。

 

今までほとんどの仕事は終わるまでに時計ばっかり見てたけど、

この頃は「どうやったら楽しんでもらえるか」とかばっかり考えていた。

それで一緒に楽しめた時は本当に嬉しかった。

そしてもう「やり切った!満足!」と思えた。

 

今でもみんなどうしてるかなぁとか考える。たまに。

 

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自転車で20分。江ノ島

という感じの茅ヶ崎での仕事を終えた頃、

あのコロナがやってきた当時に大阪に一旦帰省。

 

いつ帰ろうかな。とかどうしようかな。とかも

思いながら、とりあえず大阪でゆっくり休んでいる。

雇用保険ありがたいって思っている。

 

茅ヶ崎での仕事していた頃でした。

茅ヶ崎についてはまだもうちょっと、思い出があるので、

次回もうちょっと掘りたいです。

でわでわ!